2017/04/19

セールスマン(原題FORUSHANDE/THE SALESMAN)

ある事件をきっかけに夫婦の関係性が崩れていく様子をリアルに描いたイラク映画。地味なのにハラハラすること間違いなしの大人の芸術路線映画です。85点(100点満点)

あらすじ

共に小さな劇団に所属する夫婦(シャハブ・ホセイニ、タラネ・アリシュスティ)は、ちょうど劇作家アーサー・ミラーの戯曲「セールスマンの死」の舞台に出演していた。教師として教壇にも立つ夫が家を空けた隙に、転居したばかりの家で妻が何者かに乱暴されてしまう。その日を境に二人の生活は一変し……。

シネマトゥデイより

セールスマンの評価

2017年アカデミー賞外国語映画のノミネート作品で、「彼女が消えた浜辺」、「別離」、「ある過去の行方」などクオリティーの高い映画ばかり撮るアスガー・ファルハディ監督による人間ドラマ。

アクションも暴力もないのに興奮&緊張しっぱなしで、まったく予想のつかない展開は相変わらず。リアルすぎる状況を作り出す演出力、綿密な計算によって構築されたストーリー、人間のあらゆる側面を浮かび上がらせる人物描写など、その手腕に脱帽しました。

物語は、老朽化したアパートを追い出された夫婦が、友人の伝手で急遽新しいアパートに引越すところからスタートします。そのアパートには以前女性が住んでいたらしく、まだ彼女の荷物が部屋に残っているなど、なにやら怪しい気配がします。

友人の親切心をむげにできず夫婦は仕方なくそこに住み始めるものの、引っ越してからまもなくすると妻が自宅でシャワーを浴びているところを何者かに襲われる事件が起きます。

妻はインターフォンが鳴ったため夫が帰ってきたと勘違いしドアを開けてしまい、気づいたときには頭に大怪我を負って病院のベッドで倒れていたのです。

その事件があってから妻は精神不安定になり、そんな彼女を見て夫はなんとしてでも犯人を探し出すことを決意する、というのがあらすじです。

ひとつひとつのセリフやシーンがちゃんと後半で一本の線につながっていく、あの感覚がたまらないです。登場人物を複雑な描き方をしているわりには無駄がほんどなく、善悪の表現の仕方も絶妙です。いい人、悪い人の二極化ではなく、そのときそのときに見せる人間の深層心理をイスラム文化を通じて伝えているのが面白いです。

トラブルが起きたときの対処の仕方も文化を感じさせるものがありますね。妻が男に襲われても警察に行くことを頑なに拒むのは性的な質問に答える苦しみだけでなく、自分に責任をなすりつけられる恐れがあり、彼女の社会的な立場が危うくなるからです。

警察どころか夫にすら真実を告げていない、あるいは告げられないような雰囲気すらあり、そのせいもあって余計に真相が知りたくなってきます。果たして妻は気絶している間にレイプされたのか。それは劇中ではあえて語られることはなかったので、様々な解釈ができそうです。

登場人物たちが常に恥を重んじて生きる背景にはやはり文化的なものを感じさせる一方で、自分の嫁をひどい目に遭わせた男に対して夫が怒り狂って仕返しをしたいと願う気持ちは至って普遍的で、彼に感情移入をするのは難しくないでしょう。

夫が犯人を捕まえ容赦なく問い詰めていく終盤の展開は意外性とサプライズで溢れています。それぞれの俳優たちの演技のレベルの高さには頭が下がりますね。特に夫婦を演じた二人の演技はもう言うことなしです。

それにしてもこれだけ毎回毎回良作を作り続けるアスガー・ファルハディ監督って化け者ですね。ここまで期待を裏切らない監督は本当に珍しいです。

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