
今すぐシュワルツェネッガーと、初期から見ている視聴者たちに謝罪をして欲しいレベルの原型ぶち壊し映画。馬鹿丸出しの設定に呆れるしかないです。15点
プレデター・バッドランドのあらすじ
デクはヤウージャ族の小柄なプレデター。父であり一族のリーダーでもあるニョールに認められようと、「死の惑星」ゲンナに棲む、不死身とも言われる捕食者のトップとされるカリスクを狩ることを誓う。しかし出発前にニョールが現れ、デクは弱すぎると判断して、兄の クウェイにデクを殺すよう命じる。クウェイは弟のことを思ってその命令に背き、遠隔操作で輸送船を起動させ、デクをゲンナへ逃がす。デクは逃げる途中、ニョールがクウェイを処刑するのをただ見ているしかなかった。
ゲンナに墜落したデクは、凶暴な動植物をはじめ、数々の環境的脅威に晒される。そこで彼は、カリスクの捕獲任務中に仲間を失い、故障した ウェイランド・ユタニ社製アンドロイドのティアと渋々手を組むことになる。ティアはカリスクの追跡を手伝うと申し出る。その後、ティアが バドと名付けた原生生物が仲間に加わり、デクに唾液で印をつける。一方で、ティアの「姉」にあたるテッサが再起動され、デクたちの追跡を開始する。テッサは墜落したデクの船を発見し、彼の武器を回収する。
ティアは壊滅した自分のチームの遺体を発見し、ウェイランド・ユタニ本部に連絡して自己修復を試みる。デクは油の流出箇所に火をつけ、それに引き寄せられてカリスクが現れる。激しい戦闘の末、デクはカリスクの首を切断することに成功するが、カリスクは再生してデクを打ち負かす。しかし、なぜかデクの命を奪わずに立ち去る。ほどなく ウェイランド・ユタニの部隊が到着し、デクとカリスクを捕獲して研究対象として拘束する。テッサはデクに実験を始めるが、ティアが介入する。テッサはティアの感情を「弱点」とみなし、彼女の停止処分を決定する。
ティアはデクの脱出を助ける。そこでデクは、バドが実はカリスクの子であることに気づき、ティアと捕獲されたカリスクの両方を救う決意をするのだった。
プレデター・バッドランドのキャスト

- エル・ファニング
- ディミトリウス・シュスター=コロアマタンギ
- マイク・ホーミック
プレデター・バッドランドの感想と評価

「10 クローバーフィールド・レーン」や「プレデター:ザ・プレイ」のダン・トラクテンバーグ監督による、これ一つでプレデターブランドをぶっ壊したシリーズ台無し映画。設定もストーリーも何もかもが安っぽく中身空っぽです。
これまで悪役だったプレデターに人間の心と美学と哲学と文化を宿らせ、主人公にしてしまう、という大悪手をやってのけた最悪の作品で、なんで誰も反対しなかったのか理解に苦しみました。
プレデターの良さってなにも言わず問答無用で襲ってくる捕食者としての恐ろしさだったのに、本作では言語を話し、家族や兄弟はもちろん、自分の種族以外との友情という概念すらも持ち、暴れん坊のクリチャーとしての立場を完全に忘れ、ただの人間に成り下がっているのが本当に残念でした。
プレデターの一族からしたら弱さを見せるのが恥のようで、それならいっそのこと名誉の死を遂げるほうがまだましなんだそうで、刀を振り回しているところからしても、プレデターの仮面を着た侍なんですよ。おそらくこれかなり日本文化をパクッてますよ。
そんでもってそんなプレデターのデクが宇宙で出会い、パートナーとなるのが下半身のないアンドロイドの女で、その子を連れて歩く様子はもろ「子連れ狼」でした。マンダロリアンといい、このパターン、最近多いね。
そんでもってさらに旅を続けていくと、子猿のようなクリチャーまで仲間に入れてしまい、プレデター、アンドロイド、子猿の疑似家族物語が始まります。よりによってなんでお前らみたいなのが「絆」とか大事にしてんだよって。狩ることだけ考えてろよ。
いつからプレデターってそんなにフレンドリーだったんだよって笑えてくるし、桃太郎さながらの仲間最高!みたいな世界観まじでいらないから。
ストーリーはほぼないし等しく、数十分ごとにクリチャーを登場させ、戦わせるだけの展開が延々と続き、クライマックスはゴジラVSトランスフォーマーみたいな絵になり、なんの映画を見せられているのかよく分からなくなりました。
プレデターを擬人化してしまったがために終始、「別にプレデターじゃなくてもよくね?現象」が起きてしまっていて、結局それを払拭できずに話は終わっていきます。
キャストも顔出ししてるのは、エル・ファニングとアンドロイドのおっさんのみで、プレデターの中の人なんて誰がやっても変わらないし、かなり予算を節約してるのが感じられますね。見てるこっちが気を使いたくなるほどでした。
そもそもそれぞれの目的が良く分からないんですよね。プレデターは惑星に行ってカリスクを捕まえるんじゃなかったの? 結局のところそれは一族をはじめ、親父に認められるためにやるんでしょ? でも親父に復讐するの? じゃあカリスク意味なくね? 意味ないしカリスクも仲間にしちゃうし何がしたいのよ?
アンドロイドたちもなにがしたいのか意味不明でした。特に心を持ってしまったティアね。プレデターの仲間になってこれからお前どうするのよ。まさか夫婦になる気じゃねえだろうな。あれか、お前ら二人は子供も産めるのか?ふざけすぎだよ。



コメント
この映画はプレデターシリーズをホラーとして観てたらクソだけどバトル映画として観てたら面白い。今までどう観てたかで評価分かれますからなぁ。わりとヒットしてる辺り、バトル映画として観てる人が多かったんだなという印象
そういえばもともとはホラーテイストが強かったシリーズですよね、それすらも忘れちゃうぐらいの話になってましたね
プレデター像は人によって違うという意見があります。様々な監督や脚本家によって様々なプレデター像が作られるそうです。
私は『プレデター:バッドランド』の映画から初めて『プレデター』の作品に触れました。プレデター視点のお話が見られてよかったと思います。
「意思疎通が図れない、人間とは別の存在」との話を聞きましたが
プレデターだってアイデンティティや人格、意思や感情だってあると思います。
犬やライオンだって、人間の言葉は話せないけど彼らは独自の表現方法を使ってコミュニケーションをとってます。
『プレデター:バッドランド』の冒頭では、「ヤウージャは群れない」と、単独で狩りを行わなければならないという一族のルールが示されました。でも、デクはゲンナ星で出会ったアンドロイドのティアと、小さなお猿のようなバドとの出会いを経て変化していくことになりました。
新しいプレデター映画『プレデター:バッドランド』のクライマックスでは、武器を失ったデクはゲンナ星の植物や生物を採取して武装しました。つまりデクは伝統的なプレデターの装備ではなく、ゲンナ星で出会った生態に適応し、出会いと旅を通して学んだことを取り入れていました。その星に住む生き物たちが生き残るために独自に進化を遂げてきたその知恵を借りて、仲間を助けに行くのは胸アツ展開でした。
囚われた仲間や家族を助けに行くという行為もプレデターの掟に反しています。
聞いた話で『プレデター2』では、プレデターを倒した人間の方がプレデターの一族から評価を受けていたようです。弱き者は淘汰されるのがプレデター社会だけども、デクは旅の途中でティアから、オオカミの中のアルファと呼ばれるリーダーは狩りをするのではなく群れを守る者だと聞かされて、異なる価値観を持つようになっていました。文化も価値観もアップデートしたデク。
プレデターを主人公に置いた作品ということで、プレデター社会の掟を疑い、覆していく爽快な作品でした。
テッサは弱い者は淘汰されるべきだと言いました。テッサの態度は、独りで狩りをして一人前にならなければならないという、プレデターの、ヤウージャの掟を信じてやまなかったデクの姿勢の裏返しでもあります。テッサがヤウージャの掟から知識を取り入れてその意見に賛同したのを見て、アンドロイド故に誰かに従う者だからルールや掟に従ったり、ヤウージャ社会の生き方に共感したのかなとも思いました。
戦闘民族たるプレデターが愚かなのではなく、地球の文明もまた自分に課されたルールに服従して突き進む者と言えます。それはアンドロイドだけでなく人間社会にも言えることだと思います。そんなテッサに、ティアは「生き方は選べる」と伝えました。この言葉は同時にデクにも向けられていて、『プレデター:バッドランド』のデクはそうして他者の姿を見ながら変化していきました。
『プレデター:バッドランド』では、デクに新たな視点をもたらすティアは女性型のアンドロイドで、バドも代名詞は「She」になっていました。カリスクも「母」とされており、プレデター社会の規範を揺るがすのは、非男性的な文化というメッセージも読み取れます。今後はデクの母を通してプレデター社会の新たな側面が描かれることになるのかなと思いました。続編が出たら面白そうだと思いました。
様々な意見があって良いと思います。
プレデターの1も2も見てないで、バッドランドから見ました〜みたいなやつが評価してるのマジでむかつきますね。皆さんもむかつきません??私が歳をとっただけですかね?
歴史も伝統も中身も何にもない頭からっぽの人向けの映画ばっかりになってきて悲しい限りです。
中身空っぽでしたね