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ヨーロッパ新世紀は玄人向けの難しい映画!ネタバレ感想

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見れなくはないけれど、決して面白いくはないルーマニア映画。いいところは素朴な演技とリアルな演出ぐらいです。43点

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ヨーロッパ新世紀のあらすじ

出稼ぎ先のドイツで暴力事件を起こし、職場から逃げだし、ルーマニア北西部の地方トランシルバニアの村に戻ってきたマティアス。彼を迎えた妻はすでに冷め切っていたほか、息子も父親に懐かなくなっていた。高齢から弱り果てた父すらもマティアスには優しくなかった。

そんなマティアスはかつての恋人で、パン工場のマネージャーをしているシーラと逢瀬を重ね、癒しを得ようとする。

シーラの工場ではアジアから外国人労働者を呼び込んで労働者不足を補おうとしていた。地元の男たちは最低賃金で働くのを嫌って工場で働くのを拒んだ。しかしその一方で工場の仕事を外国人に奪われることに対しても反感を覚えていた。やがて村のヘイト感情が膨れ上がり、よそ者を排除しようとする運動が起こるのだった。

ヨーロッパ新世紀のキャスト

  • マリン・グリゴーレ
  • ユディット・スターテ
  • マクリーナ・バルラデアヌ

ヨーロッパ新世紀の感想と評価

4ヶ月、3週と2日」、「汚れなき祈り」、「エリザのために」で知られるクリスティアン・ムンジウ監督による人間ドラマ。カンヌ国際映画祭の出品作品で芸術路線批評家向けの映画です。

4ヶ月、3週と2日」の衝撃があまりにも強かったので、いまも視聴者に大きな期待を抱かせる監督ですが、本作はリアリティーこそすごいものの、エンタメ度は低く、またその分意味不明度が高くなっていました。

物語はおおよそ乱暴者の主人公マティアスと彼の愛人のシーラの目線で進みます。マティアスはドイツに出稼ぎに行っていたものの職場でトラブルを起こし、泣く泣く故郷に帰ってきた身分で、いざ村に帰って来ると、そこでは村人たちが外国人労働者と対立していました。

村人はお金を稼ぐためには外国に出稼ぎに行くくせに、自分たちの村に外国人が働きに来るのは嫌だというなんとも理不尽な奴らで、外国人は変なウイルスを持っているから病気が移るだ、彼らが触るパンは食べたくないだ、イスラム教徒はダメだ、などと騒ぎ立てるかなり深刻な差別意識と頭の悪さの持ち主で、そんな奴らにまともな思考で立ち向かえるのがマティアスとシーラの二人でした。

しかしマティアスは村人たちとも争いたくないし、かといって愛人シーラに見捨てられたくないから中立のようなどっちつかずの立場を保とうとします。そんな中で身内に不幸が訪れ、村では対立が激しくなるというのが話の流れです。

正直ルーマニアの田舎町の閉鎖的な様子を伝えたかったのか、主人公マティアスの心情を描きたかったのか、様々な野生動物が生息する神秘の森を見せたかったのかはっきりしませんでした。森が物語の鍵を握っているのだとしたらもっと神秘性や畏怖の念を起こさせるぐらいの映像とエピソードがないとね。

人種差別映画とも取れるし、人間ドラマともいえるし、社会派サスペンスと形容することもできそうです。ただ、色々な要素を混ぜすぎてそのいずれのジャンルにも当てはまらない薄味で終わった感がぬぐえないですね。終始現実路線で来たのに終盤突然スピリチュアル&シュールになるのも抵抗を覚えました。

よくよく考えると、ほとんどまともな人間が登場しないですよね。まず妻と息子に最低な態度を取るマティアスの面倒臭い性格は見ていられないです。なんであんな危険な森に息子を一人で歩かせようとするんだよって。あいつが不幸な終わり方をしたほうが視聴者にとってはすごく気持ちがいいんですが、この監督は決してそうはさせてはくれません。不快感を演出するのが上手いんですよね。

真面目で分別があるのは外国人労働者ぐらいでしたね。シーラにしても外国人には優しかったけど、あんな小さな村で、クズ男と堂々と不倫してるぐらいの女だからまあ普通じゃないよね。

ラストもなんでシーラがマティアスに謝っていたのか理解に苦しみました。マティアスは彼女を殺す気だったんでしょうか。あるいは守る気だったんでしょうか。

それに最後、なんで熊さんがたくさん出てきたんでしょう。色々な解釈ができそうだけれど、どんな解釈であれ、あれが話の全てを持って行ってしまいましたね。森の熊さんの話になっちゃったもん。

コメント

  1. より:

    たまたま読んだ所感にコメントを書くのは初めてですか、皮相的なラストな捉え方に驚きました。

    普通の日本人の感覚からしてまったく共感の持てないマティアスですが、彼が最後に見たもの、シーラが誤った理由を考えると、原住民ー海外労働者とは別の自然という対立軸が見えてこないですか?
    なぜか減っていく羊、いけすかないフランス人がシーラに強力的な理由を考えると、人里を襲わないようにフランス人とシーラが熊に盗んだ羊を供していたとしか見えない。
    それをたまたま見た息子が衝撃的過ぎて話すのをやめたのだろうし、絶望した父は自殺したか、あるいは殺されたか?3人目のインド人の首吊りにもあるいは関与があったかも。
    民族対立がテーマのようでいて、もっとヤバい映画だど思いました。