生々しい暴力描写を期待したら大いにすかされる芸術路線の人間ドラマ。ただし、作品としての完成度は高いです。67点
ニトラムのあらすじ
マーティンは知能障害を持つせいで、よく学校の子供たちから「ニトラム」と呼ばれてからかわれた。彼がその呼び方が大嫌いだった。
大人になってもマーティンは両親と同じ屋根で暮らしていた。ときどき彼は母親と精神科医のところに行き、薬を処方してもらったりしていた。
彼はふと衝動的にサーフィンをやりたくなって、サーフボードを買おうとしたが、母親からもらったお小遣いではとても買えなかった。
そこでマーティンは家にあった芝刈り機を持って人の家を訪ね、芝を刈る仕事を思いつく。ほとんどの家が断ったが、大きな屋敷に一人で住んでいた独身女性ヘレンがマーティンに仕事を与えることにした。
マーティンは芝刈りをしようとしたが、芝刈り機が壊れていたためできなかった。そこでヘレンは犬の散歩をさせるなどほかの仕事を彼に与えてあげることにする。
これがきっかけでマーティンとヘレンは仲良くなり、二人はともに時間を過ごすようになり、マーティンはやがてヘレンの屋敷に移り住むようになるのだった。
ニトラムのキャスト
- ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ
- ジュディ・デイヴィス
- エッシー・デイヴィス
- アンソニー・ラパーリア
- ショーン・キーナン
ニトラムの感想と評価
「トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング」や「アサシンクリード」のジャスティン・カーゼル監督による、オーストラリアで起きた無差別殺人事件の犯人を追った犯罪ドラマ。
無差別殺人事件そのものより、無差別殺人事件が起こるまでの経緯を詳しく描いていて、犯人の半生にフォーカスしているのが特徴です。なのでグロくて激しい射撃シーンはなく、あくまでも主人公の青年の心理状態を描いていきます。
そういう意味では、同じく無差別殺人事件を扱った「静かなる叫び」、「ウトヤ島、7月22日」などとはタイプが違います。もしハラハラドキドキの実話犯罪ものを期待してみちゃうとがっかりするでしょう。
一方、人間ドラマとしては主人公を演じたケイレブ・ランドリー・ジョーンズの好演もあってなかなか見ごたえがありました。左がケイレブ・ランドリー・ジョーンズで、右が実際の犯人マーティン・ブライアントなんですが、外見までそっくりじゃないですか。
軽度の知能障害があって、コミュニケーションは取れるけど、心そこにあらずといった感じの主人公を上手に表現していて、彼の演技のためだけでも十分に見る価値はあります。
また、友達もおらず、社会からのけ者にされた主人公が金持ちの年増の女性と出会い、心を開いていき、やがて同居して、挙句の果てには遺産まで受け取る、という嘘みたいな本当の話が意外性抜群でした。
題名のニトラム(Nitram)は主人公の本名マーティン(Martin)を逆さにした造語で、彼がいじめられていたときにほかの生徒たちから「ニトラム」と呼ばれていたそうです。
いわば障害を抱えたうえ、周囲からはいじめられ、苦労の多い幼少時代を送った青年の話なんですが、見方によってはものすごく幸運なんですよ。だって仕事もせず、ぶらぶらしてたらたまたま金持ちの女性と出会って気に入られて、彼女のお金で毎日贅沢三昧の生活を送るんですよ。おとぎ話じゃないですか。
それなのに調子の乗ってふざけて自動車事故を起こし、大切な女性を亡くしてしまい、そこから歯車が狂い始めていきます。
両親との関係は微妙で、ずっと彼は愛されていないという思い込みがあり、しかしいざ父親が亡くなると、その現実を受け入れることも難しく、自暴自棄になった末に凶悪犯罪に手を染める、というのがストーリーの流れです。
もとはといえばマーティンが大金を手に入れてしまったがために高額なライフルや機関銃を買い集めることができたんですよね。貧乏のままだったらあそこまで武装することはできなかった、と考えると、運命のいたずらを感じずにはいられません。あるいはお金がなくても、早かれ遅かれ凶悪犯罪に走っていたんでしょうか。
当時のオーストラリアは、ライセンスがなくても平気で客に銃を販売していた時代だったみたいで、ライセンスはおろか、安全と危険のラインすらよく分かっていないような知的障害者にまで銃を売っちゃうなんてありえないですよね。普通に銃を販売した側も責任を問われるべきなんじゃないかなあ。
ラストはマーティンが農園主の夫婦を殺し、島のカフェの中で銃をぶっぱなすところで幕を閉じます。あの終わり方については賛否両論あるでしょう。僕は好きじゃないですね。あそこまでの経緯をずっと見せたんだったら、最後どれだけ狂ったのか、どれだけ狂暴になったのかを見せないと、この映画の意義を失うんじゃないかと思うんです。
なぜ人はそこまで狂暴になれるのか。一体彼は誰と争っているのか、などを考える間も話が終わってしまうのはいい映画だけに本当に残念です。あと、10分銃撃シーンを付け足すだけでいいのにねえ。もったいない。
コメント
怖い映画でした。
直接的な描写がなくても、何か起こりそうな不穏な空気がずっと漂っている映画でした。
たまたまですが、アウトポストに続いてのケイレブ・ランドリー・ジョーンズ。
やっぱり彼、すごいですね。
ケイレブ・ランドリー・ジョーンズは役によって全然違うキャラになりますね。