
人気俳優数人と恐竜出しておけば見るでしょというスタンスで作った駄作。どういう趣旨、ジャンルの作品にしたいのか意図が全然伝わってこないダメダメな一本です。15点
オークストリートの異変のあらすじ
1982年。小説家を目指すデニース・プラットは、夫のグレッグ、子どもたちのオードリーとブライアン、そして愛犬スターバックとともに、郊外の町フラワーヴェイルにあるオーク・ストリートで暮らしていた。
夫婦の関係は冷え切っており、デニースは密かに離婚を考えていた。一方、定職を失ったグレッグは、家族を養うために人知れずさまざまな仕事をしていたが、周囲にはピザの配達員として小遣いを稼いでいるだけだと装っていた。
ある日、デニースは近所の家の庭に突然現れた謎の植物を見つけ、写真に撮る。図書館で司書のバルクール夫人にその植物を見せると、彼女はそれが数百万年前に絶滅した植物の一種だと判定する。
さらに別の近所の家では、正体不明の動物の排泄物が発見される。一方、ラジオでは太陽フレアの活動が活発化しているというニュースが流れていた。
嵐の夜、ピザの配達を終えたグレッグが帰宅すると、突然、巨大な白い光がオーク・ストリート一帯を包み込む。同時に大気圧が変化し、停電が発生する。
翌朝、デニースとグレッグは行方不明になったスターバックを探すため家の外へ出る。すると、オーク・ストリートの周囲が先史時代の大自然へと変貌していることに気づく。そして、そこから現れた恐竜たちが近隣住民を次々と襲い始める。
家に戻ったオードリーは、昨夜の閃光がワームホールだったのではないかと推測する。つまり、オーク・ストリート全体が数百万年前の過去へ転送されたのだった。
オークストリートの異変のキャスト

- アン・ハサウェイ
- ユアン・マクレガー
- メイジー・ステラ
- クリスチャン・コンヴェリー
- P・J・バーン
オークストリートの異変の感想と評価

「アンダー・ザ・シルバーレイク」や「イット・フォローズ」で知られるデヴィッド・ロバート・ミッチェル監督による、恐竜サバイバル家族ドラマ。ある日、突然自分たちが住んでいる地区が恐竜たちに囲まれ、逃げ場所を失ったら、をテーマにした、ジュラシックパークの小規模バージョンで、どういう気持ちで見たらいいのか最後までよく分からず、いろいろと足りてない作品です。
これもスティーブン・キング原作なのかと思ったら、オリジナル脚本でした。それぐらいオリジナリティを感じない、どこかで誰かがすでに書いてそうな発想のプロットで、アイデア不足にもほどがあります。
まず、何で恐竜? これ別に恐竜をエイリアンに置き換えても、ゾンビに置き換えても、お化けに入れ替えても、ちょっと背景をいじれば成立してしまうような簡単な設計になっていますよね。ある日、突然、街の周囲をゾンビたちに囲まれ、逃げ場を失った住民たちとか。
で、なんで突然恐竜が現れたかというと、その地区全体が数百万年前の過去へ転送されちゃったんだって。つまり、港区だけが2億4330万年から2億3323万年前?ほどに飛んじゃったみたいな話なんですよ。恐竜が来たんじゃなくて、自分たちが恐竜の時代に行っちゃったってこと。
でもどうして行っちゃったかについてはなんの説明もありません。行ったもんは行ったんだからしょうがないだろっていうノリで見ないといけないのです。その辺がすごい雑なんだよなあ。
それでその雑なストーリーと恐竜を使ってどうしたいのか?というと、もうただただミニミニジュラシックパークなんですよ。恐竜が襲いかかって来る。住人が逃げ惑う。これだけ。言い換えると、ジャングリアなんですよ。ジャングリたいだけなんですよ。
なにがジャングリアかというと、恐竜をダシに人を集めておいて、いざ蓋を開けて見たら恐竜これだけしか出てこないの?ってなるのよ。種類が少ない。全部見た事あるような奴。色も形も個性も斬新さもない。それならせめてサイズだけはバカでかくしろよって思ったら、まあ恐竜にしては小さい小さい。なんなら人間が応戦できちゃうぐらいのサイズ感の恐竜ばかりなんですよ。コモドドラゴンみたいなの出て来るからね。
恐竜が登場するまでにまず30分の長い前置きが入ります。これもダメね。今の時代、すっと本題に入っていかないと。最初の5分でアン・ハサウェイを食いちぎるぐらいのスピード感がないと先を見たくならないのよ。わざとらしく意地悪な人たちを登場させて、後半になったらそいつらが食べられるみたいな伏線もしょうもないし、ほんとに誰が恐竜に食われるかしか中身がないんですよ。
人間の常識が通じない巨大動物の理不尽さを描くなら、それこそ理不尽に非情に主要登場人物たちを一人ずつ最後の一人まで食い散らかして行ってほしかったですね。それなのになんかこう、ああこいつは生き残るだろうなあ、こいつは死ぬだろうなあっていうのが分かってしまう展開がなんともつまらないです。
なぜただの恐竜映画に成り下がってしまったかというと、家族の掘り下げ方が弱いからに違いないです。夫婦は離婚の危機に立たされている、夫は失業している。そこに恐竜が現れたことによって家族の大切さを再認識するみたいな幼稚すぎる展開になっているからです。
むしろたとえ恐竜に襲われようと、命の危険にさらされようと、あなたと一緒にいるのは御免だわ、ぐらいの仲悪い夫婦を出せよ。それでどっちかが恐竜に食われたら、しめしめって顔するとか。それこそホラーじゃないですか。
デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督は「イット・フォローズ」でいい感じにホラー監督として人気でそうだったのに、「アンダー・ザ・シルバーレイク」みたいな変な路線に行ってしまって、迷走している印象を強いですよね。ゴリゴリのホラー路線にすればいいのに。
1980年代に時代を設定した意味もほとんどありません。ノスタルジーを売りたかったのか。過去作のオマージュにしたかったのか知らないけど、いずれにしてもむしろ現代にしたほうが辻褄が合ったんじゃないかなあ?
本作の最大の見どころは、重要人物の一人が恐竜に食われるくだりでしょう。せっかくそんなシーンを用意したんだったら、もっとむしゃむしゃ時間をかけて、美味しそうに召し上がってくれないと悲劇にならないんですよ。なんかそれを目撃したひとたちの受け入れ方にも流し方にもリアリティーがなく気持ちの切り替えの早さには驚くばかりでした。
一番笑えたのは家族が大事だって言ってる夫婦が、ティラノサウルスを見た瞬間本能的に子供たちを置いて走って逃げるシーンですね。愛情とか関係ねえよ、まず私が生き残ることが先決だという本能が素敵で、この映画にして唯一説得力のあるシーンでした。
逆に一番萎えたのはポータルだか、ワームホールだかの逃げ道が出て来ることですね。SFの設定における逃げ道ともいえるし、リセットにも近いです。もう今までのはなんだったんだよ的な。だってそこに入ったら以前の時にまで遡れちゃうんだもん。なんでそんな都合よく、ちょうどいいところに戻れるんだよ。どんなワームホールだよ。
そこからいまさら本格的にタイムスリップ映画へと化していき、そこにいるはずのもう一つの自分はどうなんだという根本的な問題も解決されないまま、ハッピーエンドへと無理やり突き進む感じも嫌ですね。なんで電話一本入れただけで、知り合いはみんな助かったみたいなオチになるんだよ。じゃあ電話してない人たちは逆にみんな死んだのかよ。


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