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アイダよ、何処へ?の感想とネタバレ!名作戦争映画です

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アクションシーンが一切ないのに最初から最後まで緊張しっぱなしの戦争映画。文句なしの迫真の演技と素晴らしい脚本に脱帽します。間違いなく名作に入る一本です。81点

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アイダよ、何処へ?

1995年7月11日ボスニア、国連の通訳であるアイダは国連軍の大佐とスレブレニツァの市長の対談の場にいた。国連軍の大佐であるトマス・カレマンスはもしスレブレニツァにスルプスカ共和国軍が侵攻してきたら国連軍とNATOは空爆すると市長に約束した。だから市民は安全だし、何も問題ないと話した。

ところが市長が不安視していたとおりまもなくしてスルプスカ共和国軍はスレブレニツァに侵入し、町を支配した。その結果、数万人の市民はこぞって国連のセーフゾーンにまで避難するはめになった。

セーフゾーンもスペースが限られていたため国連はゲートを占めるしかなかった。そのせいでセーフゾーンの前には難民がごった返していた。

アイダは通訳のために安全地帯の中に入れたが、夫と二人の息子はまだ施設の外にいた。なんとかして自分のコネを使ってアイダは彼らを中に入れることに成功したが、やがてスルプスカ共和国軍はセーフゾーンの中にまで侵攻してくるのだった。

アイダよ、何処へ?のキャスト

  • ヤスナ・ジュリチッチ
  • イズディン・バイロヴィッチ
  • ボリス・イサコヴィッチ
  • ヨハン・ヘルデンベルグ
  • レイモント・ティリ
  • ボリス・レアー
  • ディーノ・バイロヴィッチ

アイダよ、何処へ?の感想と評価

ヤスミラ・ジュバニッチ監督による2021年アカデミー賞国際映画賞ノミネート作品。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争中に実際に起こったスレブレニツァの虐殺をつづった衝撃の戦争です。

間違いなく国際長編映画のノミネート作品の中では最高傑作であり、なぜしょうもないアル中男を描いた「アナザーラウンド」が受賞して、こんな素晴らしい作品が落選したのか理解に苦しみます。それほどいい映画でした。

「この映画は実話に基づいています」なんていう文言はこういう映画にこそ使うべきであって、気軽に使ってる奴らには今すぐ謝罪してもらいたいぐらいです。

テーマがテーマだけに重くて苦しくて悲しい内容であることは誰もが予想できるでしょう。そのため正直、僕は見るのを避けていました。こういう映画って軽くて薄いエンタメものとは違って、精神と肉体の消耗が激しいので心の準備が必要ですよね。

実際、重くて苦しくて悲しい映画に違いはなかったんだけど、そのクオリティーとリアリティーの高さには心底驚かされました。本当に見ておいてよかったと思いました。いや、なんでもっと早く見てなかったんだろうと後悔しました。

これこそ社会的意義のある戦争映画で映画をただのエンタメ、芸術、ビジネスの枠に収めていないのが素晴らしいです。できるだけ多くの人に見てもらいたい、なんなら学校の授業で流してもらいたい、と素直に思える作品でした。

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争は民族、宗教の対立によって引き起こされた戦争で、日本人にとっては一体誰と誰が争っているのかピンとこない戦いでしょう。そのため背景は非常に複雑です。

しかし本作はボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の深い背景を知らなくても、当時スレブレニツァの市民がどういった状況に置かれていたのかがものすごく分かりやすく描かれており、登場人物に感情移入しないことは不可能に近いです。それだけ臨場感や没入感があって、自分の町を侵略された人々の心理が嫌というほど伝わってきました。

本作のヴィランであるラトコ・ムラディッチは戦争犯罪で国際指名手配されながらも、つい最近までずっと逃亡していたんですね。それだけ長い間、権力や支持者によって守られてきた男で、終身刑が確定したのは2021年6月8日だそうです。つまり絶妙なタイミングで、この映画が世界に配信されたことになりますね。

物語は国連の通訳であり、スレブレニツァの市民であるアイダがラトコ・ムラディッチ率いるスルプスカ共和国軍に家族を連れて行かれそうになるのを必死で食い止めようとする様子をハラハラドキドキに描いていきます。

家を追いやられ、なんとかして安全を確保したいと願う難民たちが国連のセーフゾーンに押しかけてくる様子はカオスそのもので、そんな状況に対し、国連の職員ということで、ある程度の安全が確保されているアイダがどんな手段を使ってでも家族を助けようとする姿に胸が締め付けられます。

生きるか死ぬかの状況なのでほかの難民のことなんて考えてられません。とにかくまず自分の家族の無事だけが心配。そんなアイダはルールを無視してでも夫と息子たちを守ろうとするんですが、その度に国連の職員に反対されます。例外を作ってしまうとほかの難民たちも同じことを要求してくるからです。

ああいう状況になると、敵は一体誰なのか、誰と争っているのかすら分からなくなりますよね。直接の敵はスルプスカ共和国軍に違いありません。しかし自分たちを守るはずの国連が手の平を反して責任を放棄するなら彼らも敵みたいなものですよね。

それにしても融通の利かない国連職員に対しては怒りすら覚えるし、空爆を約束していたにも関わらず実行せず、無責任に引き上げていくあの腰抜けぶりはなんなんでしょうか。もちろん手を出すにも出せない複雑な政治的裏事情があるんだろうけど、それにしてもあまりにも無能です。国連の存在意義が問われますね。

スルプスカ共和国軍がスレブレニツァの虐殺を引き起こしたには違いないものの、それを見て見ぬふりをした国連には果たして責任はないのか。後々ラトコ・ムラディッチだけ裁判にかけて解決する問題じゃない気がします。

スレブレニツァの虐殺は1995年の出来事ですが、今もどこかで特定の人種、民族に対する虐殺は続いていて、それに対して国際社会はほぼ何もしていないのに等しい、というのは悲しいですね。ほんと国連、もっとちゃんと仕事しろよって改めて思いました。

最終的にはアイダは家族から引き離され、男たちはバスに乗せられ、どこかへと連れて行かれるんですが、アイダをはじめ、国連職員や実際に連れて行かれた人たちもその後に起こる悲劇を予感していたはずです。

もともと教員であるアイダは戦後、再び教壇に立つことになります。しかしあんな体験をした後で一体子供たちに何を教えることができるんでしょうか。教育とは? 道徳とは? その根底が戦争によって崩されてますよね。

子供たちの両親の中にはスルプスカ共和国軍の元軍人がいたりして、どんな顔でアイダはその子供たちを教育していったらいいのか。あのシーンは彼女の希望なのか。それとも絶望なのか。様々な感情が頭によぎる渾身のラストシーンでした。こんな映画を作りあげたヤスミラ・ジュバニッチ監督にはリスペクトしかないです。

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