2017/10/10

サーミの血(原題SAMEBLOD/SAMI BLOOD)

芸術路線の大人向けミニシアター系民族ドラマ。演技良し、脚本良し、ストーリー良しの人にすすめたくなる芸術作品です。76点(100点満点)

あらすじ

1930年代、スウェーデン北部。山間部で生活している中学生のエレは、少数民族のサーミ人であることから差別や偏見にさらされていた。成績が良い彼女は街の高校に進んで、民族衣装を着ることを強いられテントで暮らしているのを見世物のように眺められる日々から抜け出そうと考えていた。だが、教師からサーミ人に進学の資格がないと言われてしまう。ある日、彼女は村の夏祭りでスウェーデン人少年のニコラスと出会い……。

シネマトゥデイより

サーミの血は面白くて見ごたえのあるルーツの旅!

スウェーデンの少数民族サーミ人をヒロインにした、ルーツやアイデンティティーを問う人間ドラマ。知らない民族の習慣や文化、そしてスウェーデン社会における彼らの立ち居地などがさらっと学べる作品です。

映像が美しく、スウェーデンの田舎の景色に魅せられます。演技は自然でリアリティーは十分。ストーリーは先が読めないし、全体的に上手くまとまっていて、なかなか見ごたえのある映画でした。

カメラは最初から最後まで主人公エレ・マリャを追っていきます。サーミ人である彼女が少女のときからどのように自分たちの暮らしとスウェーデン社会を見つめてきたのかを描いていきます。

ある日、エレ・マリャは家族を残し、妹と共に全寮制の寄宿学校で生活を始めます。山岳でトナカイを飼って暮らしていた以前の生活とは違って、寄宿学校ではスウェーデン語で話すことを強いられ、厳しい規律の中で時間を過ごします。

エレ・マリャは生徒たちの中でも類稀な学力を持ち、やがて都会の学校へ進学することを夢見ます。ところが教師からサーミ人は都会の生活に適応できないなどと言われ、あっさり断られてしまいます。

サーミ人であることで差別を受け、夢のない閉鎖的な田舎の寄宿学校にそれ以上いたくないと思ったエレ・マリャは祭りで出会った少年を頼りに学校を抜け出し、自由を求めて都会へと旅立つ、というのが筋書きです。

文明とは無縁の生活をしているせいもあってかエレ・マリャは、子供なのにものすごい貫禄があって、正直何歳の設定なのかピンと来ませんでした。

この逞しさで14歳だそうです(実年齢はもっと上)。ちなみにエレ・マリャ役を演じた女優は、今でもトナカイを飼う伝統的な生活を続けている正真正銘のサーミ人。

見た目的にサーミ人は普通のスウェーデン人と見分けがつかないんですが、主人公だけでなくほかの子役たちも本物のサーミ人をキャスティングしているそうです。そのこだわりが素敵ですね。

ちなみにアマンダ・シェーネル監督はサーミ人とスウェーデン人とのハーフ。まさに彼女だから撮れた映画ですね。

エレ・マリャがときおり見せるオバちゃんオーラにはヒヤッとさせられます。見た目だけでなく性格も強気で、イジメや差別にも真っ向から対抗し、家族の反対にも一切ひるまず、自分の目的を達成するには手段を選ばない度胸と図太さも持ち合わせています。

それだけエレ・マリャはサーミ人として差別されることが、また伝統や文化に盲目的に従うことが許せなかったんでしょう。

サーミ人と思われないように自分のことをクリスティーナと呼び、民族衣装を燃やして洋服を身にまとうのは反抗心なくしてできることじゃないです。

たとえ家族に反対されても、ルーツを伏せてでも、嘘をついてでも、手にしたかった自由や近代社会の生活。そのために後先考えずに飛び込んでいく彼女の無謀さと若々しさが見ていて清々しかったです。

あんな風に自分のゴールに向かって突っ走れる人ってなかなかいないですよ。人の家に押しかけて無理を言って泊まらせてもらったり、学校に入学するために学費を借りようとしたり、冷静に見たら結構無茶苦茶のこと言ってるんだけど、あまりにも熱意がすごいために周囲も断りづらくなる、という不思議な空気に包まれていました。

あのエレ・マリャのハングリー精神は日本の若者も見習うべきです。礼儀とか、ルールとか、しきたりとか関係ない。私は何がなんでも目標を実現してやるんだ、という態度の人間には誰かしらが手を差し伸べるようになっていて、あそこからエレ・マリャが社会に進出していくなんて、ものすごい革命的なことですね。

ところが自分のルーツを隠し、近代社会の中で生き、すっかり老人になったエレ・マリャには予期せぬ事態が待っていました。妹の葬式で自分の親族をはじめ、遺体の妹と再会したときに自分が散々否定してきたアイデンティティーと再び向き合うことになるのです。

民族の伝統を守って一生を終えた妹。名前を偽って生きてきた自分。家族を捨てて家を飛び出したあのときの選択は果たして正しかったのか。自分とは一体何者なのか。

深い皺で覆われた老婆のエレ・マリャは複雑な表情を浮かべるだけで一言も発することはありませんでしたが、葛藤と苦悩の言葉が聞こえてくるようでした。

彼女の心境を想像するだけでも十分すぎるほどの味わい深さがある、素晴らしいストーリーに相応しいフィナーレでしたね。

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