2016/03/12

皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇(原題 NARCO CULTURA)

narcocultura

57点(100点満点)

ストーリー

世界で危険な街の一つとされるメキシコのシウダー・フアレスの警察官リチ・ソトさんは、殺人現場の証拠品収集に余念がない。約100万人が暮らすこの街では年間3,000件を超える殺人事件が起きているが、そのほとんどが未解決のままだ。非合法の麻薬カルテルが暗躍するメキシコでは、彼らの報復を防ぐため警察官も黒い覆面をかぶって現場に出向く。

シネマトゥディより

文句

メキシコの麻薬抗争とその文化に憧れを抱き、ギャングスタイルの音楽を歌って人気を得ている歌手たちを平行して追っていくドキュメンタリー。殺人現場や死体など衝撃的な映像の数々がメキシコの恐ろしいイメージを視聴者に与えること間違いなしの一本。

舞台はアメリカとの国境沿いの都市シウダー・フアレス。そこで2010年に起きた殺人事件の被害は3622人。そこからわずか数十キロ離れたアメリカのエルパソで同年に起きた殺人事件の被害はたった5人。国境をちょっと越えるだけで天国と地獄の治安の差があるようです。なにより恐ろしいのがこの現代においてシウダー・フアレスではまるで西部開拓時代、あるいは戦国時代のように人を殺そうがお咎めなしで、警察も司法も完全に機能を失い、誰もなにも手を打たない、という状況にあり、警察も麻薬組織と癒着しているから市民は誰も信用することができず、逆に麻薬組織に憧れを抱いたりする若者たちが多く出てくるというパラドックスに陥っているようです。この映画が追うメキシコ(メキシコ系アメリカ人も含む)人音楽バンド「Buknas de Culiacan」のメンバーたちもまた同じで、彼らは麻薬カルテルを賞賛するような過激なギャングスタースタイルの歌詞でメキシコやアメリカのメキシコ人コミュニティーの一部の層に人気を博しているようです。

本来なら嫌悪されるべき闇組織が一般市民からも支持を得てしまっては撲滅どころか拡大するだけで、今後も状況は悪化の一途をたどるだけのような印象を受けました。最近のメキシコの殺人事件はスケールが半端なく、一度に数十人の死体が出てくるのが当たり前になってるのが恐ろしいですね。あるシーンでジャーナリストの女性が「過去数年にシウダー・フアレスに起きた1万件の殺人事件のうちの97%は捜査すら行われていない」などと驚きのコメントをしていました。

こんなときこそアメリカが介入して、軍隊でも送ればいいのにそうしても石油や経済的な利益がないからかなにもしない、というのがすごいですね。メキシコの麻薬のほとんどがアメリカに流れてるのにアメリカ政府は見てみぬふりって。アメリカはイラクだ、アフガニスタンだ、世界中で治安維持など様々な大義名分を掲げて戦争をしていますが、殺人の被害者数では案外メキシコのように”戦争”をしていない国のほうがずっと深刻だったりします。イスラム国だなんだという前にもっと悲惨な状況が隣国にあったりするのです。

とにかく救いようのないエピソードの連続でこの手の映画は麻薬カルテルやその抗争といった暗黒世界に興味のある人以外は見ないほうが知らぬが仏でいいような気がします。自分の息子たちを銃で撃たれ、あるいはバラバラに切断されて殺された被害者家族の泣き叫ぶ映像などはあまりにも気の毒すぎてとても見ていられません。

僕は短い期間でしたが、メキシコに住んでいた時期もあるので、ついつい興味本位で見てしまいました。メキシコ時代にはアメリカやグアテマラといった国境沿いの地域なんかも一人旅したこともありましたが、今はもうとても怖くてできないなあ、と思います。そういえば国境付近でタクシーを乗っていたらマシンガンを持った警官2人に車を止められ、銃を突きつけられて壁に手をついて持ち物検査を受けたこともありました。警官だからといって真面目な雰囲気は一切なく、ゴリゴリのラテンのノリで急にふざけだしたりするので逆に怖かったのを覚えています。

「おい、見ろよこの本、日本語で書いてあるぞ」

「ああ、本当だ。なんだよ、こんな文字じゃ何てかいてあるか分からねえじゃねえかよ、へへへ」

僕のカバンに入っていた日本の小説を取り出して警察2人が腹をかかえて笑うのです。二人のそんな会話を聞いて冷や汗をかいていたら、警官の一人がこう言いました。

「なんでそんなに緊張してるんだよ? なにか都合の悪いことでもあるのか?」

もちろん怪しい物など一切所持してはいませんでした。僕はただ法律やモラルや論理といったものをいとも簡単に飛び越えて何をしでかすか分からない警官二人に恐怖を抱いていただけなのです。この映画を見てもそうですが、メキシコ人の友人たちには大変失礼で悪いですけど、メキシコに生まれなくてよかったぁああ。