映画息子の部屋では感動しない!感想とネタバレ

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heya

息子を亡くしたイタリア人家族がただウジウジするだけの家族ドラマ。ラテン系のべったり、ねっとりした両親が気味悪く、こんな家族に生まれなくてよかったと思える一本。42点(100点満点)

息子の部屋のあらすじ

精神科医のジョバンニは、妻パオラ、娘のイレーネ、息子のアンドレアと幸せに暮らしていた。

が、ある日、アンドレアが事故で死んでしまう。父ジョバンニ は、事故の当日、息子とジョギングの約束をしていながら急患の往診に出てしまい、そのことで自分を責め、仕事もやめてしまう。

家族はいつまでも悲嘆に暮 れ、いつしかお互いの関係さえも悪化させていく。そんなある日、息子宛に一通の手紙が届く。

それは息子のガールフレンドからのものだった。やがて、ガール フレンドと悲しみを分かち合ううち、家族の中にも少しずつ変化の兆しが見え始めていく……

シネマトゥディより

愛人/ラマン」を勧めてくれた読者のロッテンさんがまたリクエストしてくださいました。ありがとうございます。

息子の部屋の感想

ナンニ・モレッティ監督の家族の喪失を描くドラマ。感動狙いであざといです。

家族映画を見るときは他の映画を見るときよりも、余計に警戒してみる必要があります。

まず感動を狙った家族映画は必ず劇中に家族の誰かを死なせます。そうすることで、視聴者の誰かは必ず泣くからです。

そして人は泣いたらすっきりするので映画館を出たときにスーッと肩の重みが取れたような錯覚に陥り、「ああーいい映画だった」という感想を持ってしまうのです。

僕には息子がいないし、息子を亡くした親の気持ちは理解できません。しかし本当にいい映画というものは、その分かり得ない境界線をも越えて、視聴者の心に届くのです。

この映画は届くどころか離れていくだけでした。この映画がカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞したのは審査員たちが子持ちの人ばかりだったからでしょう。そしてその審査員たちは審査員でありながら、この映画の胡散臭さに気付かなかったラテン馬鹿たちです。

一番抵抗を感じたのは、死んだ息子アンドレアがサマーキャンプ中に知り合ったガールフレンドに両親が電話してしまい、ぜひ会いたいと懇願するくだりです。

遺族がいきなり電話してきて、「あなた、息子と付き合ってたの? 息子は事故で死んだんだけど、ちょっと私たちに会ってくれない?」なんて言ってきたら、かなり怖いですけどね。

家族ぐるみで付き合ってたガールフレンドならまだ分かります。でもサマーキャンプだからね。

10代の男女が1、2日のサマーキャンプで意気投合したからって、その恋がその時限りのものだってことぐらい、いい大人なんだから気付こうよ。ガールフレンドを通じて息子のことをジャッジしようとしている両親の目がいやらしいのなんのって。

「彼女って本当にいい子よねえ」と上から目線で言う態度なんかは、「さすが私たちの息子、女の見る目があるわ」と言いたげでうざいです。

あれでガールフレンドがセクシー系の遊び人の女とかだったら面白いんですけどね。あれだけ会いたいって言ってた両親がいざ会ってみたら下品な女でドン引きしちゃて、自分たちは息子のことなんて何も分かってなかった、というオチなら共感が持てました。

僕には20代の若さで急に病気で命を落とした友達がいます。仮に彼をA君としましょう。

A君が亡くなってから5年以上過ぎたある日、ある女がたまたまA君の家の近くに来る用事があったもんだからとA君の家族に電話を入れて、お葬式に出られなかったので、できればお線香を上げさせてもらえないかと頼みました。

家族はA君の友達だというその女の頼みを受け入れました。女がA君の家に着くと、A君のお母さんが少し困惑顔で女を出迎えました。そして誰かも知らぬ女が自分の息子の仏壇に線香を上げるのを静かに見届けました。

一通りお祈りを済ませた女は立ち上がり、その場を後にしようとしたときに、「実はこんなものを持ってきたんですけど」と言って一枚の写真をA君のお母さんに見せました。ほかでもない女とA君が一緒に写っている写真です。

しかしその写真を見た瞬間、A君のお母さんは積を切ったように泣きだしてしまったのです。仏壇の奥には死から5年以上が過ぎてもなおそのままの状態にしてあった様子の「息子の部屋」が見えたそうです。

人によってはとらえ方もそれぞれでしょうが、僕にはこの女の取った無神経な行動が許せません。女はA君を訪問した後こう言いました。

「最初はどうなるかと思ったけど、やっぱり(線香を上げに)行ってよかった」。

結局、てめえのことしか考えてないのです。行くんだったら四十九日とか7回忌とかの命日に行けって。自分の都合で行って、散々お母さんの心をかき乱して、なにがよかっただよこのボケが。

人がよかれと思ってやるこの種の行動ほどおぞましいものはありません。それは友達だろうと遺族だろうと同じです。

この映画の両親もよかれと思って仕事を放り投げたり、ガールフレンドに電話したりと暴走が行きすぎました。誰かの「死」を武器にすれば非常識なことをやっても許されると思うなよ、バカどもが。

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ナンニ・モレッティ
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コメント

  1. ロッテン より:

    低い!文句をありがとうございます!
    確かに死をテーマに泣かせようとするのはずるい。動物もの、親子もの同様にずるい。大事な事を見落としていました。
    出直します!

    • 映画男 より:

      ロッテンさん
      リクエストありがとうございました。ボロクソ書きましたが、それほど悪い作品じゃなかったですよ。ただ、ずるさはありましたね。

  2. 通りがかり より:

    ガールフレンドの件に抵抗を感じたということですが、まず
    10代の男女が1、2日のサマーキャンプで意気投合したからって、その恋がその時限りのものだってことぐらい、いい大人なんだから気付こうよ。
    ということですが、だから終盤に「あの二人付き合ってると思う?」「やっぱりなにも言うな」というやり取りがあるんだと思いますよ。
    それからガールフレンドへの電話の件は、ガールフレンドの手紙に対するお返事なわけですから別に非常識ではないと思います。会いたいと言うのにもどこにそんな不自然さを感じてるのかな?って思いました。映画を観ている限り、アンドレアに限らず息子や娘の友達と両親の距離はそんなに離れていないように感じたので。
    わたしも人の死を軽んじた上に死を武器にして泣かせにかかってくるような映画は大っ嫌いですが、
    まず感動を狙った家族映画は必ず劇中に家族の誰かを死なせます。そうすることで、視聴者の誰かは必ず泣くからです。
    とあるようなお涙頂戴の演出はないし、安直な気持ちで取り上げたテーマではないと思いました。
    わたしと正反対の感想だったので、そう思った根拠みたいなのを教えていただけたらおもしろいなとおもってコメントしてみました