海は燃えている~イタリア最南端の小さな島~(原題FUOCOAMMARE/FIRE AT SEA)

fireatsea

アフリカや中東からイタリアにボートで流れ着いてくる不法移民と地元住民の日常を映し出した社会派ドキュメンタリー。ストーリー性は薄いものの、知られざる難民の命がけの航海を映した社会的に意義のある作品です。52点(100点満点)

あらすじ

イタリアのランペドゥーサ島で暮らすサムエレ少年は、友人と遊んだり、祖母やおじさんと過ごしたりして平和な日々を送っている。だが、彼が暮らす地中海に浮かぶ島には、ここ数十年の間アフリカや中東からの移民や難民たちが押し寄せていた。彼らはみな平穏で自由な暮らしを望むごく普通の人々で……。

シネマトゥディより


文句

ローマ環状線、めぐりゆく人生たち」で知られるジャンフランコ・ロッシ監督のベルリン国際映画祭金熊賞受賞作品です。「ローマ環状線、めぐりゆく人生たち」と同じく娯楽性やストーリー性はほとんどなく、あくまでも記録映画のスタイルを保っています。

舞台は、イタリアの小さな島。島民は素もぐりや漁などをして生活し、子供たちは手作りのパチンコ(スリングショット)で遊ぶなど、そこにはのんびりとした暮らしがあります。

そんな平和な島にはしかしアフリカや中東からの不法移民を乗せたボートが次々と漂流してきます。その多くは定員オーバーの乗客たちを詰め込んだ船で、乗客のうちの多くは命を落とします。

危険だとは分かっていても命がけで海を越えようとする不法移民は決して絶えず、島に流れ着いては移民局に身柄を拘束されるという事態がただ続いていきます。

地元住民と不法移民を交互に映しているのはコントラストを出すためでしょう。ただ、もうちょっと両者が交わるようなストーリーだったら面白かったんですけどね。

島民の主人公ともいえるサムエレ少年がもともとは不法移民だったり、その子孫だったりしてもよかったんですが、そういったクロスオーバーはなく、淡々と島民と移民のエピソードは平行線をたどっていきます。

島民のエピソードはスローで退屈です。あれだったら移民と移民局だけの話でも十分でした。百人以上のアフリカ人が小さなボートに乗った映像はショッキングそのもので、一連の救出シーンだけでも十分に見ごたえがあります。

皮肉なのは不法移民を乗せた劣悪なボートにすら階級があることです。デッキのスペースはファーストクラス、その隣はセカンドクラス、エンジンから一番近い船内のスペースはサードクラスといったように値段で分けられているんだそうです。

船内にはもちろんエアコンなどないので、サードクラスの多くの人が航海中に脱水症状を起こして死にます。ファーストクラスとサードクラスの値段の差はわずか数百ドル。彼らにとっては運命を左右するその数百ドルすらも手に入れることは困難なのでしょう。

危険とは重々承知でも母国が内戦中だったり、イスラム国がめちゃくちゃやっている状況では、無謀な賭けに出る彼らを決して責めることはできないです。しかしそんな彼らのことをイタリア人は本音ではどのように思っているのか、ということが僕の中では興味をそそる部分でした。

少なくともこの映画の登場人物は、難民に深い悲しみと哀れみを抱いている人たちばかりです。ボーダーパトロールの人たちは伝染病が入り込んでくるリスクがある中、マスクをつけて全身フル装備で、救出作業に当たります。

船が漂流するたびに何十人という死体を片付けなければならない彼らの苦労といったらなく、少なくとも映像の中では彼らはとても真摯に自分たちの任務に取り組んでいました。

それに対して中には「もういい加減にしてくれよ」という思いの人もいるはずです。うちじゃなくて他所の島に行ってくれよと思っている島民がいても不思議じゃないです。

難民問題は、大歓迎しても問題が起こるし、大反対しても非難されるデリケートな問題なので、こうした映画が色々な立場の人々の意見を取り上げても面白いんですけどね。でもジャンフランコ・ロッシ監督自身が難民問題に心痛めていることもあって、一方的に”優しいイタリア人”目線でしか難民を見つめていないのが、正直物足りなかったです。

もしかすると移民局が難民たちを乱暴に扱っているシーンも実はもっとあったんじゃないかなあとも想像します。もちろんそういうシーンは全部カットされてしまうんでしょう。きれいにまとめたなぁ、という感じがする、そんなドキュメンタリーでした。

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