闇のあとの光(原題 POST TENEBRAS LUX)

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32点(100点満点)

闇のあとの光のあらすじ

フアン(アドルフォ・ヒメネス・カストロ)とナタリア(ナタリア・アセベド)夫妻は、森の中の一軒家で幼い息子(エレアサル・レイガダス)と娘(ルートゥ・レイガダス)と一緒に暮らしている。たくさんの犬や使用人に囲まれ、彼らは幸福に暮らしているように見えた。ある日、フアンはセブンに誘われ、バラックで行われているアルコールなどの依存症の会に参加し……。

シネマトゥディより

闇のあとの光の感想

カルロス・レイガダス監督による、カンヌ国際映画祭監督賞に輝いた芸術路線を走りすぎた自己満足映画。映像、セリフ、ストーリーの全てに眠気を促す要素が含まれているため絶対にクーラーのかかった映画館では見てはいけない一本。

出だしの数分で、「うわあ、賞を狙ってるなあ」というのが分かります。もうバレバレで恥ずかしくなってきます。「他の監督たちとはあえて違うことやってみました」感が出まくっていて、僕は抵抗を覚えました。

まず映像なんですが、レンズをわざとボカして、幻想的なイメージを作り出そうとしていて、綺麗ではあるけど、映像がぼけているから目が痛くなります。

ストーリーはストーリーで現在、過去の時勢がはっきりしておらず、登場人物の年齢や髪型が説明もなく急に変わったりします。

舞台もメキシコなんだろうけど、いきなりセリフがフランス語になったり、英語になったりして、やっぱりメキシコじゃないんじゃないかなんてふうに思ってしまったりと、とにかく訳が分かりません。

そしてまた監督自身が「君たちには難しかったかなあ?」なんてことを言いだしそうな、あえて複雑さを演出しているようなふしがあって嫌ですね。

観客に媚びてばかりの映画も嫌ですけれど、観客を無視した映画もむかつきます。その辺のバランスは難しいですね。

褒めるとしたら子供たちのリアルすぎる演技でしょうか。果たしてあれは演技なのか、それとも自由にやらせていたのか、といった疑問すら浮かびます。

ドキュメンタリータッチで登場人物はボソボソと飾らずに喋るところが上手く、しかしその中で一人だけ妻のナタリアを演じた女優がセリフ棒読みなのが気になりました。

この映画の最大の失敗点は、視聴者のことを考えていないために、視聴者の集中力を簡単に奪ってしまうようなストーリー構成、編集をしている点です。

物語の大部分のシーンで視聴者はほとんど眠い状態になると思いますが、ところどころで衝撃のシーンが飛び出します。そこで一気に目が覚めるのですが、その集中力をすぐに切らせてしまうような退屈なシーンを間に持ってきているのです。

衝撃と興奮を保ったままで話を進めていくことができたら、ものすごい映画になっていたかもしれないのに、と思うと残念でしたね。特に乱交サウナのシーン、強盗のシーン、首をもぎ取るシーンなんかの恐怖と気味悪さをうまくつなげたらよかったんですけどね。

それにしても乱交サウナはリアルでしたねえ。参加している人たちがみんな中年の太ったおじちゃん、おばちゃんというのがまたいいです。実は日本でもああいうサウナがあるらしいんですが、行ったことがあるという人はぜひコメントください。

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