2017/03/04

SHAME -シェイム-(原題SHAME)

49点(100点満点)

あらすじ

ニューヨークに暮らし、仕事もスマートでソツのない独身男ブランドン(マイケル・ファスベンダー)。彼は、仕事以外のすべての時間をセックスに注ぎ込んでいた。

中毒といっても過言ではない。行きずりの女性やプロの女性との一夜限りの情事、シャワールームやオフィスのトイレでのマスタベーション、ネットでの ポルノ動画の収集……。

ありとあらゆる性欲を処理する行為によって日々をやり過ごしていた。ところが、こうして確立されたシングルライフを過ごすブランド ンのアパートに、妹のシシー(キャリー・マリガン)が転がりこんでくる。

他者の愛を渇望し、激情の塊となって生きるシシー。人との心の繋がりを一切求め ず、感情を排して生きてきたブランドン。激しく衝突する2人の想いはすれ違い、それぞれの孤独を更に深めてゆく。そんなある日、ブランドンの元に衝撃的な連絡が届く……。

文句

スティーヴ・マックイーン監督によるセクシー人間ドラマ。セックスに溺れる兄ブランドンが愛情に飢える妹シシーと同棲を始めたことがきっかけで、自分の生活スタイルが乱されていくことを目の当たりにし、強い嫌悪感、孤独、葛藤に悩まされる、というただただ悲観的なストーリーと冒頭からずっと流れる絶望的なBGMに抵抗を感じました。

ブランドンと妹シシーの関係性もいまいちで、もういい歳した兄妹なんだから一緒に住んだら何が起こるかぐらい予想がつくでしょ。

シシーが兄にベタベタするのもわざとらしかったし、あの二人がセックスするぐらいじゃないと、この映画の自己破滅的なテーマにマッチしないような気がしました。

そこまで踏み込まなかったのはそうすることでこの映画が芸術路線から、異物路線に変更してしまうことを恐れてのことだと思います。

セックスを題材にしている映画ほど、内容は大してエロくない、と前々から言い続けていますが、この映画はセックスシーンも悪くなかったし、そこそこエロかったんじゃないかと思います。

しかしそれぞれのセックスシーンにちゃんとしたストーリーがあったかというとそうではなく、セックスにたどり着くまでに少しでも経緯があったのはクラブで出会った女と会社の同僚とのシーンだけでした。あの同僚とのセックスシーンをもっと時間をかけて派手にやってくれたらよかったのに、というのが本音です。

監督はこの映画の主人公を、他人と関係が築けずにセックス依存症に苦しむ悲しい男として描こうとしていたようですが、僕にはあの男はただの裕福で健康な男にしか見えませんでした。

毎日セックスのことしか考えてないなんて雄としてはかなり高等な部類で、思春期の若者ならまだしも30代半ばでその性欲を維持していることをブランドンはむしろ誇るべきです。

仕事で頑張って稼いだ金で風俗嬢を買うことを「悲しいこと」だと決めつけたら、どんなに働いても風俗に行くお金も残らず、かといって素人の女も落とせない貧しい農村の男たちに怒られます。

独身でお金があるんだったら女遊びでもなんでもしたらいい。そして風俗遊びや行きずりの女とのセックスの中にも喜びと悲しみが共存するということが分かれば大きな収穫です。

日々の孤独やむなしさの反動からセックスに溺れるようなことがあれば、その強い欲求を活かして性を追求していけばいいのです。そしたら自分なりの発見があるはずだから。

そういう自分に“依存症”なんて病名を付けて絶望視する必要はまったくありません。逆にセックスしなかったらインポだって言われるだけなんだから。

世間が決めたありきたりな考えしか持たない人は、結婚をせず家庭を築かない人間を、もしくは他人と深い関係を築きたがらない人間を「社会的落後者」とみなしますが、この映画もそういった世間一般の決めつけた価値観の基で成り立っているようなストーリーでした。

結婚していようと、子供がいようと、友達が多かろうと、人間はみんな孤独なんだという事実を忘れているのではないのか。ブランドンはセックスに頼ることでしか気分を晴らすことのできない自分を嘆き悲しむのではなく、セックスを手に入れることに大した努力も必要としない幸運を噛みしめるべきでした。ブランドンよ、ねちねち悩んでねえで、やってやってやりまくれ、You lucky bastard!!

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